反転授業と黒板方式

今話題の「反転授業」と「黒板方式」

1月4日付朝日新聞に「反転授業」が取り上げられました。
実は生田英数会が実践している「黒板方式」はこの「反転授業」そのものなので、少し詳しく紹介させていただきます。

わたしたちが「黒板方式」を思いたち実践したのは三十年以上前のことになります。ある時期まではわたしたちも新しい単元に入ったときは、並んで座っている生徒を前にまず「説明」をしていました。なんとか「うまい説明」をしようと思いました。塾ですから「効率よく」とも思いました。「いいかい、君たちはたいていここでまちがえるんだ。これだけはやっちゃだめだよ。」と、先回りして教えてあげました。そのうち不思議なことに気づきます。「おい、生徒ってやるなよといっているそばから、そのいけないことをやってくれるなあ。」「だいたい説明なんて半分も聞いていないわ」
説明が終わっていざ問題を解く段になるとせっかく言ったはずのことがほとんど届いていない。やがて気がつきました。じつは「ここからが勉強なのだ」と。
説明だけでわかって進んでいける子どもはむしろきわめて例外です。中点連結定理とはどういうものか。教えてもすぐ使えるわけではない。だまって座らせている限り「能力差」は露呈しませんが、問題を解くことを実践するときはそれを避けてはとおれない。ではどうするか。

1) 説明を聞かせるのではなく、各自に実行させる
2) その実行が刻々と教師の目に見えるようにする
3) 複数の生徒を同時に「見る」ことが必要。待たせては勉強にならない
4) その実行に対するケアは個別に行う。なぜなら個々に理解力に差があるから。

以上をかなえるために、生徒全員を同時に黒板に立たせて「作業」させ後ろから指導していくことにしたのです。教室の四面に全員が立てるだけの黒板を張りめぐらせました。このやりかたですと7~8名でしたらほとんど待ち時間はありません。その子なりの速度で進んでいくので能力差問題も解決します。つまずく箇所もレベルも各人で違うわけですが、その子なりのアドバイスを受け取ることが可能になりました。また、個別に進んでいきはするものの、並んで立っているので自然に「人のふりを見て学ぶ」ようになります。もちろん他人の答えを見るのではありません。態度をまなぶのです。集団はかならずしだいにいい方に一致していきます。

塾ですから部活の後くたくたに疲れてやってくる子どもも少なくありません。さらに塾で立ちっぱなしで疲れるかという心配もありましたが、意外にもその反対でした。むしろ「眠くならなくてよい」「隣の子もどんどん解いていくのでいやでも集中する」「自分のわからないところだけを自分にわかるように説明してもらえる」「自分にはわかっている説明を聞かないですむ」などなど。

わたしたちはついに従来の「説明」を思い切っていっさいやめてしまったのです。その単元にはいってのあらかたの説明は「学校でうけているはず」と考えました。それでも「できない」「わからない」からこうして「塾」にきているのだと。現在話題になっている反転授業は説明部分をタブレット端末を各自に持たせることで家ですませ、そこからの取り込み、咀嚼、実践をこそ教室でというものです。この後半部分はわたしどもの塾で三十年やってきたことと重なります。