学校は基礎・塾は実践か

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夏の終わりにQ学園で落ちこぼれた生徒が塾を休みがちになった。学校で残されたとか、風邪とか毎回もっともな理由はあるが、長期的に考えれば何かおかしい。それで親子面談になった。彼は頭はいいが、学校の授業、特に英語は全くわからない。現在中3だから約2年間分からないできた。そこに夏休みの宿題だ。雪だるまのように溜まった分からないを、彼は大人で言えばストライキのような手に出て、夏休み明けにも宿題を提出しない。再三担任から呼び出される、授業の後缶詰にされる。それで塾に来られない。br / 普通ならそれで終わりだ。ところが生徒のお母さんが型破りの人だった。分からないなら分かる道を考えることが第一だろうと子供に迫ったのだ。もし塾で分かるようにさせてくれるなら、学校の居残りを断って、そちらを選びなさい。お母さんは塾にも難題をふきかけた。br /多くの子供は問題を抱えている。その生徒も何かのはずみでやるべきことをやらなくなった問題児だ。つまづきはABC を覚えたくなかっただけのことかも知れない。しかし大勢の生徒を抱えている学校は、身動きできないでいる。そしてこれだけは言えるが、塾は小さなフライパンのようなものだから、問題児は問題児として取り上げざる得ないのだ。br /この母親のおかげで彼は学校の先生に居残りをしたくないと決死の抗議をし、塾に戻ってきた。そして現在は学校のクラスも上がった。br /かっては学校ありきの塾だった、基礎は学校で。それが変わったような気がしてならない。

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