計算町と図形村

 高校1年で言えば2次関数。ぼくはその半分以上がグラフから答えを導き出せると思うのだが、また問題をつくった作者もそうやって設問を作ったはずなのだが、数学嫌いの子や、勉強しない子はまず「求める2次関数を $こくばん塾 生田英数会 塾長のブログ-2次関数とおく。」などとやって、グラフをかけば一瞬で答えがでたり、楽しい気分になったりするのを台無しにしてしまう。

 高校2年生ならさしずめ微分の3次関数で「求める3次関数を$こくばん塾 生田英数会 塾長のブログ-3次関数とおく」とする。条件の特徴を捉えるとか、導関数のグラフを描くとかはしないでオートマチックにこれをやる。

 高校3年生ならば行列 $こくばん塾 生田英数会 塾長のブログ-行列 とおく。そのあとどんなに果てしない計算が続くか、その結果がどんなに不毛か、体験した人ならば分かるだろう。

 人は放っておけば一見便利な「計算町」の住人になる。しかしそこに安住すると人の直感も図形力もますます鈍化して、眼は未開の状態に逆戻りする。

 ここ数年、巷では絵手紙なるものが流行っているという。いままで敷居が高かった「絵画」、そんな敷居はどうでもよくて葉書という小さなスペースに受取る人のためだけに絵を描く。うまい下手は問わない。それはとても良いことだと思う。今をときめく建築家の安藤忠雄、彼はそういう何食わぬスケッチがとてもうまい。うまいと言うより旅先でつい描いてしまうのだろう。時としてそれは百万語の言葉より雄弁になる。あの壮大な建築がこのちっぽけなひらめきから生まれたのか。

 はたして君は図形村の住人になれるだろうか。なったとすれば君は直感力のすばらしさやセンスを讃えられるだろう。人がやっと得た塩のような結論を、何食わぬ顔をして当たり前のように。しかし図形村につながる道は教科書には書かれていない。