幾何の腕前を落とすな

 最近「小さな数学塾のヒミツ」(稲荷誠 著)という本を読んでいたら、作者のこんな文章に出会った。「中1における適正な準備……1つは代数的基礎を作ることで、もう1つは幾何の証明問題を通して試行錯誤する楽しさを知ることだ。」と。

 それらのことが著者のいうように中1で終えられるかはともかく、中学数学の意味については、ぼくも全く同感で、「幾何を通して試行錯誤する楽しさ」は高校生になっても味わって欲しいと思っている。幾何=図形は「描いて」「見る」ところから始まる。だから中学の図形を学んだ人は誰でも参加でき、いろいろな解き方があり得る。いわばやさしいルールのゲームなのだ。おまけに微分にせよ数列にせよ「習ったことはそれが身につくまで他人」だが「目で見る」ことはぼくたちが子供の頃からやってきた「まぎれもない自分」なのだ。自分が納得したことは忘れようがない。

 ところがほとんどの高校生はどんどん幾何から離れてゆく。中学のとき無心に描いた図形を、描かなくなって問題集の図に書き込んで済ます。最近は高校数学でも幾何をもう一度取り上げてきたが、高校数学の1/3である関数についても、グラフをかく生徒は少ない。彼らは「試行錯誤では間に合わない、覚えるしかない」と早々にゲームから退散したのだろう。覚えるしかない、その先に何があるのだろう。

 ぼくはずっと図を描いてきた。それはぼくが先生という立場で自分で工夫するしかないから。だからこそ思いついた解法は忘れない。それは解法と言うより方法論に近いのかもしれない。