単語テストで英語ができるようになるのかな

 早いもので今期の受験シーズンも半ば過ぎようとしています。私大の合格発表も出そろってきました。

 

 いま学校では学年末テストをひかえ、私たちも「試験範囲はどこまで?」「そこまでやるにはテストまでにあと3回ね」などと、毎日のように生徒と「打ち合わせ」です。

 ところで、学校の塾化(悪い意味で)はますます進行中のようですね。

 試験が終わってみると生徒たちは口をそろえて、先生「ターゲット分」(つまり日頃行われるターゲットの単語テストからの出題)が取れませんでしたというのです。しかし学校はなぜこうも単語テストが好きになってしまったのでしょう。「単語テストで英語ができるようになれば世話はない」 というのが私の持論なのですが。

 それはなぜかと言えば、、、

 英語の勉強に「いまだ、取りかかってない子」ほど、目の前の「意味のわからない英文」を「わあ、わかんない単語ばっかり」ととらえています。そして単語の意味をたくさんたくさん知っていれば、知ってさえいれば、「このおそろしい英語の大海を泳いで渡れるようになる」といじらしくも考えています。

 こういう子供たちの単語調べはつぎのようです。(もっとも単語調べ、つまり予習をまったくやらないで学校に「いすに座る」ためにだけ通っている子がたくさんいます。一流か二流かを問わず。三流以下では「座り」さえしていないでしょう、たぶん)

 まず、単語をいくつか調べます。語義が多く、名詞にも動詞にもつかわれ何頁にも説明が及ぶ語(実はこれこそが一番たいせつ)は、めんどうなのでとりあえず、一番最初に出ている意味だけテキストの行間にちょこちょこと書き込みます。

 

 sense、miss などカタカナでなんとなくわかりそうな語は、なんとなくわかっていることにして調べません。そして数頁も進まないうちにくたびれてしまい、こう思います。

 

 「ああ、単語がわからない。単語力をまずターゲットでつけてから、もう一度この長文に臨もう」と。

 そういえば学校でも高校一年の初めにターゲットは配られた。毎週テストもあるし、いままでやらないでスルーしてきたのがいけなかった。きっとターゲットをやればいいんだと。「行き帰りの電車で明日からターゲット」と決心するのですが、ついケータイをいじるか居眠りで、ターゲットは5頁も進まないのです。

 

 断言しますが、全員がそうです!

 

 それなら学校はぜそのような無駄でむなしい単語テストをするのでしょうか。

きっと、ターゲットもテストしてくれる、進学指導に熱心な、面倒見の良い学校と「思われたい」からでしょう。

 実際、素朴な父母ほどこういいます。「単語がわからばければ英語がわかるはずありませんよねえ、先生。単語力をつけてやってください」

 (いまでも英語を読んだり書いたりしている、ある程度インテリジェンスのある親御さんなら、このようなまちがいはしないはずなのですが)

 そんなものは無視しましょう。無視できない?それが「学校の悪しき塾化」です。塾のわたしがいうのも変なのですが。

 高校一年の春にわたすべきは「ターゲットのテストの予定表」ではありません。

辞書の引き方、これこそまず高校一年の一学期に叩き込むべきです。

(わたしの教室では、かつては外山滋比古「英語辞書の使い方」岩波ジュニア新書を渡し、一回に数節ずつ読みながら実例で勉強していましたが、かなり前に絶版になってしまい残念。改訂再版を期待します)